最も、一般の方々に広く病名が浸透している肩の疾患だと思います。しかし、我々整形外科医にとっては非常に悩ましい疾患だと言えます。理由の一つとして、「五十肩」を表す医学用語や定義がはっきりしないことがあげられます。もともと「五十肩」という言葉は江戸時代に編集された俗語の辞書である「俚言集覧」の中に記載されたのが最初だとされています。そこには、「凡そ、人五十歳ばかりの時、手腕、骨節痛む事あり、程過れば薬せずして癒ゆるものなり、俗にこれを五十腕とも五十肩ともいう。また、長寿病という」とあります。江戸時代の平均寿命は40歳前後と言われているので、「五十肩」が長寿病と言われていたのも頷けます。発症する年齢が50歳頃であることや、自然に治癒する傾向にあることなどがその当時から理解されていたということに驚きます。その後、この「五十肩」を肩の分野がより進んでいた欧米の病名と照らし合わせて、医学的にはっきり定義しようという試みが行われましたがうまくいきませんでした。そのため、「五十肩」を表す言葉がたくさんできてしまい、整形外科医の解釈もまちまちになってしまいました。現在、「肩関節周囲炎」=「五十肩」として扱っている一般の整形外科医が多いと思いますが、肩を専門にしている我々の間では、「肩関節周囲炎」=「広義の五十肩」であり、疾患としての五十肩は「狭義の五十肩」「いわゆる五十肩」「疼痛性関節制動症」「凍結肩」などと認識されています。ややこしくなってきましたが、要するに整形外科医の中でも曖昧に理解されていることが多い疾患だということです。
原因
実はいまだによくわかっていません。個人的には自律神経の乱れや、加齢や運動不足による身体機能の低下が原因であると考えています。ここで、腕を挙げるために必要な体の動きを整理してみます。腕を挙げるということは、上腕骨を動かすことになりますが、それに伴い上腕骨と連結(この連結部を肩甲上腕関節といいます)している肩甲骨も動きます。肩甲骨は胸郭(肋骨で囲まれている部分)と肩甲胸郭関節で連結しており、一般的に、上肢挙上に伴う肩甲上腕関節と肩甲胸郭関節の比は2対1と言われています(図1)。さらに、肩甲骨の運動は肋骨や脊椎、さらに骨盤の動きに影響されます。ここで加齢による体の変化を考えてみます。人は加齢によって姿勢が変化したり、骨盤や脊椎、肋骨の動きが悪くなったりします。また、それに影響を受けている肩甲骨の動きも悪くなると考えられます。すると、上腕骨を動かすための土台である肩甲骨がスムーズに動かないために肩甲上腕関節に無理なストレスが加わり、あるときに肩甲上腕関節内に炎症が起きます(図2)。これが、五十肩の発症です。人の体には痛みに対する防御システムがあるので、なんとか痛みを抑えようとして肩甲上腕関節をを覆っている関節包を硬くしたり、周りの筋肉を緊張させて肩甲上腕関節での動きを少なくさせようとします。こうして、肩の動きが悪くなっていくものと考えています。
図1a: 腕を下げているところ
健常人を背中から見た3D-CT画像です。
図1b: 腕を挙げているところ
上腕骨の土台である肩甲骨が大きく動いていることがわかります。肩甲上腕関節に対する肩甲骨の動きは2対1とされています。
図2: 右肩を前から見たところ
肩甲骨の動きが悪くなると、肩甲上腕関節にストレスが生じ、炎症が生じます。
症状と治療
肩の痛みと、動きの制限が主な症状です。病期は
①炎症期、
②拘縮期、
③回復期の3つに分かれており、病期によって症状や治療方針が異なります。
①炎症期:
痛みが強く、肩がほとんど動かせない方もいます。じっとしていてもうずくような痛みがあったり、夜間に痛みが強くて眠れないこともあります。この時期は、関節内で起こっている
炎症を沈静化させることを目的に治療を行います。最も効果的なのは関節内に炎症を押さえる薬(ステロイド剤)を注射にて直接投与する治療です。症状に合わせて消炎鎮痛剤の内服を行うこともあります。また、痛みのために眠れないで困っている方には睡眠導入剤などを処方します。この時期の日常生活で注意する点は、
「痛みのでるような動作はしない」ということです。当然、肩の動く範囲は小さくなっていますから、動く範囲内で無理のないように生活することが大切です。もし可能であれば、「肩すくめ運動」や「胸張り運動」などの肩甲帯エクササイズや骨盤のエクササイズを行います。炎症が落ち着いてきたかどうかの目安は、安静時の痛みや夜間の痛みが軽くなってきたかどうかで判断します。通常、数回の注射にて炎症が落ち着いてきます。
②拘縮期:
この時期は、痛みに代わって肩の動きの悪さが目立ってきます。治療としては
リハビリがメインになります。肩甲骨の周りの筋肉が硬くなり、正常な運動ができなくなっているので、リハビリによって筋肉の柔軟性や動きを修正します。少なくとも3ヶ月間のリハビリを行っても改善がない方に対しては、肩の痛みを麻酔にてブロックしたうえで、硬くなっている関節包を広げる「徒手授動術(サイレントマニピュレーション)」や内視鏡を使用する「鏡視下授動術」を行います。
③回復期:
徐々に可動域も改善し、症状が気にならなくなってきます。しかし、間違った治療を行ってきた場合は、後遺障害として可動域の制限や違和感などが残ってしまいます。